USBメモリを奪った天才詐欺師・環の容赦ない攻撃に対し、このまま黙って負け続けるわけにはいかない芽吹たち。キヨ、智紀、志津、アヤカにさゆりさん、七五三野らは打倒・環に奮起するも、敵の仕掛けるコンゲームに振り回されっぱなし。兵頭を失った芽吹はというと、やっぱり元気がない状態。チーム芽吹に勝算はあるのか?そして兵頭と芽吹の恋の行方はどうなる?――『交渉人は嵌められる』の続き。
今や、榎田尤利の代表シリーズとして大人気の「交渉人シリーズ」。今回は、その素晴らしさを徹底的に語り尽す。
舌鋒鋭い芽吹はどこへやら、情けない姿をまわりに晒しながら始まる『諦めない』。本編中でもっともわかりやすく真理をついていたのは、キヨが環の対決で云った「愛や信頼は生まれるもの」、環を反面教師にして智紀が悟る「大切なのは、人として真っ当であるかどうか」だと思う。どちらもシンプルなぶん、心により深く響く。環は気付くだろうか?…一生無理かもしれない。
そんな環とのコンゲーム。「信じたくて」反撃を始めた芽吹が環に鎌を吹っ掛けたクライマックスは、「スティング」というより法廷モノ(Courtroom Drama)「ア・フュー・グッドメン」のようだった。環のような自惚れタイプには、多少ロジックに無理が生じて辻褄が合わなくなったり、ハッタリをきかせることになったとしても、とにかく「自分がやった」とさえ云わせてしまえばいい――つまり自滅へと追い込んでいくのがセオリー。実際、環はジャック・ニコルソンasジェセップ大佐化、捨て台詞「お前は真実に耐えられないんだよ!」と云いそうだった。結局云ったのは「それは確かな事実だ、忘れるなよ!」。たしかに芽吹には忘れられない事実だと思う…でも、事実が真実とは限らない。芽吹と兵頭がラブ&トラストでそれを証明してくれた。今回の2冊はそんな話でもあったと思う。環を選んで芽吹を裏切っただの傷つけただの…たしかに兵頭の行為は芽吹にとってひどいものであり、「仕方がなかった」と理性で割り切ろうとしたって、本心ではそうはいかない。ただ3巻までの芽吹だって、兵頭のポジションをハッキリとまわりに示していなかったのだから、兵頭は不安で複雑な思いを何度もしていたはず。兵頭だから、ヤクザだから、傷つかない…ということはない。実際「おまえは、俺を信じているか?」という芽吹の問いに、「惚れた相手ほど、信じられない」(3巻『振り返る』)と答えていたのだから。そんな兵頭が芽吹を信じ、冷淡な態度や行為を取った。芽吹がどんなに「兵頭は自分を信じている」と思っても、あんな行為を目の当たりにすれば、心は正直に悲鳴を上げる。ただ兵頭のほうも無傷ではなく、舎弟たちの目にまでそのダメージがしっかり映っていた。心とうらはらな態度を取らざるを得なかったふたりを思うと、せつなくなった。だからこそ、ラストであれほど情熱的に体を重ねたのだろう。
結果として環に勝ったとはいえ、交渉人として「相手をいい気持ちにさせなきゃ、交渉は成り立たない」(1巻『黙らない』より)はずなのに、それができなかったのだから、心底喜べる結果だとはいえない。誰かからの依頼ではなく(ほぼ)自分のために環と戦って勝った、でもそれで若林が戻ってくるわけじゃない。読み手以上に、芽吹は後味が悪かったと思う。…それでも陽は昇って明日がやってくる。どんなに絶望し、嘆き悲しんでも。
芽吹が他の登場人物や読み手に愛される理由、それはたぶん…彼がとても人間味に溢れ、喜びや悲しみ、希望や挫折を知っている――七回転んで八回起き上がってきた人だからだと思う。彼はまわりに影響を与える。そして愛と信頼が生まれる。これからも芽吹はすっ転ぶだろうが、傷つき萎えた足で立ち上がろうとする彼に差し伸べられる手は、今よりも増えているはず。
登場キャラひとりひとりの感情を想像しながら、一気に読んだ。
コンゲームらしくアイテムが効果的にちりばめられているので、再読も楽しめる1本。
★昨年復刊した魚住シリーズで(単行本)デビューしたエダさん。私はそのデビュー作を読んだ後、しばらくこの世界から遠ざかり、そして数年前に本格的(?)に戻ってきたんだけども…私が離れていた間にエダさんはずいぶんとエンタテイメント性の高い作品を書く作家になっていた。
変った…というより、なるべくしてなったというか。私はエダ信者ではないので、著作には「あんまり面白くない」「その展開はどうよ?」「先行作品がマンガであるんじゃない?」というのもあるけれど、基本エダクオリティは高い。作品を読んで察するに、それはエダさんが自分の書きたいものを「どうやったら楽しんで読んでもらえるか」というスタンスで書いていて、自分自身に酔っていないからなんだと思う。
「魚住くん」から10年で「交渉人」。「魚住くん」にしろ「交渉人]にしろ、根っこにあるものはとても似ていてアプローチが違うだけなんだと思う。どちらも実際にいそうなキャラが多く登場し、主人公はそれぞれ性格は違うけれど不幸な過去があり、その影響なのか、死への誘(いざな)いがときどきちらついたりする。だけど人との関わりや繋がりによって、主人公の世界に変化がもたらされていく。「魚住くん」は一般文芸として読める内容かもしれないけど(特に最初のほう)、「交渉人」はやっぱりBL読者向け。それにプラスして、主人公がまわりに与える影響の大きさがエンタテイメントを通して描かれている。そこに10年を感じたかな…。
私が若林だったら。うん…同じように笑って「もういいよ、とっくにいいんだってば…ってか、こっちのほうが見てられないよ」って、芽吹に云うかな…。
紹介者プロフィール:akirineネット場末に棲む、なにかと悩める電脳仔羊(サイバーシープ)。 ブログ「ロテンシスターズがゆく!」を気まま更新中。 BLコミック・ノベル・CD・イラストの感想/レビューほか、「今月はどの作品が面白いか?」と勝手に本命や対抗を予想するBLダービーなどを書いています。 映画ギークなので映画に関するエントリーも多いですね。