六青みつみの商業誌デビュー作!顔と体に大きな痣を持つ少年・紫乃は、狩りの途中に、怪我をして倒れていた戦装束の青年を助け、献身的な介護をする。しかし、目覚めた青年は紫乃に心ない言葉をぶつけ…。
新人離れしたしっかりした作品構成で、すでにこの時から、けなげ受けのスペシャリスト六青みつみ先生のテイストがしっかり堪能できる。
けなげな受けが堪え忍ぶ切ない系BLでは第一人者の六青みつみ先生。
しかしこの「遙山の恋」は、六青先生の作品群の中で少し毛色が違うといえるかもしれません。
山奥で暮らす紫乃には、半身に醜い痣があります。それは昔、先祖がうけた呪いによるもので、痣をとめる術はなく、いつか死に至るという痣なのです。山の民の村に入ると痣の痛みがひどくなるため、祖父とともにさらに山奥で暮らしています。自然と共存し、日々の糧を狩猟で得て、その恵みに感謝するという慎ましい生活。
機織りや、庵の修理、狩猟の道具の手入れなど、山で暮らす知恵を授けた後に祖父は亡くなって、紫乃はとうとう一人きりになってしまいます。
たった一人になった初めての冬、祖父の教えを守り、冬を越す準備をしていたところへ傷ついた立派な戦装束の青年を助けます。
初めての心細い冬にやって来たたくましい青年。痣のためとはいえ、生まれてからずっと孤独をしいられてきた紫乃にとって、貴哉が傍にいるというだけで、孤独な冬をすごさなくていいと嬉しくおもいます。
祖父から大切に守られ、授けられた自然で生きる知恵を、自分が生きていくことだけに使うことに寂しさを感じていた紫乃。
自分が守られていた時と同じように、誰かを守ることで、やっと一人前になれるとおもっていた紫乃にとって、青年の傷を癒やし世話をすることは、自分が大人となった証でもあったのです。
だから、一人で冬を過ごそうと十分に用意していなかった食料はやがて底をつき、青年は痣を気味悪がり、紫乃を遠ざけるのに、それでも貴哉を追い出すことはなく、紫乃はそんな青年の恐れをあたりまえだと、痣を隠し、青年の傷が癒えるようにと世話を続けるのです。
痣があっても決して卑屈にならない紫乃の姿。
年齢は少年であっても、立派に自立している大人です。山の掟を忠実にまもり、食べ物に感謝し、自然に感謝し、必要なものを必要なだけ山から分けてもらいながら日々生きる紫乃の姿は、凛々しく美しいです。
やがて貴哉も、そんな紫乃を見かけだけで気味悪がることを、恥ずかしくおもうようになります。やがて一緒に寝食をともにするようになる貴哉と紫乃の間には、愛しい気持ちが芽生えます……ところが……
ここからネタバレ…
貴哉の生存を知った家来が、貴哉を旗印にして奪われた領地を取り戻したいと山にやってきて、貴哉との生活に終止符が打たれます。
一年したら迎えに来る、と約束して山をおりる貴哉。約束は決して破らないという山の民であった紫乃だったので、その約束を信じて、貴哉が居た時のように毎日すごしますが、一年たってもが貴哉は迎えにやってこないのです。
やがて猜疑心がうまれ、捨てられたと貴哉への憎しみや恨みが生まれ、徐々に紫乃の気持ちはすさみ、庵は荒れ果て、痣が体中に回ったそのとき貴哉が山にやってきます。
痣の呪いを解くのは、愛の力ですが、話がここで終わっていないところが、いいところなのです。
痣のなくなった紫乃を貴哉は、屋敷に連れ帰りますが、痣のなくなった紫乃の美貌はすばらしく、貴哉は横恋慕されないかと今度は紫乃の姿を誰にもみせたくなくなります。せっかく痣がなくなり、誰からも気味悪がられなくなったというのに、外から見えないように閉じこめ、一日中何もせず貴哉の帰りだけを待っていてほしいというその扱いに、紫乃は絶望します。
飼い殺しの生活をするぐらいなら貴哉と別れると自分で屋敷を出ていきます。けなげなだけの受けではないですよ。強くしなやかで、自分の人生こうあるべきという確固たる信念をもっています。もうこうなると貴哉が折れるしかないでしょう。
精神の豊かさとは何か、生活の質の高さとはと、自分の日々の怠惰な生活を反省させられるBLです。
紹介者プロフィール:はる木原音瀬、榎田尤利の小説をこよなく愛するお年頃の主婦。運動不足解消を目指すべく犬の散歩にせっせと歩いているが、考えているのはBLの事。 精神的な痛みが伝わる描写に激しくもだえる“精神的”鬼畜な性格。バッドエンド、死別、カップルになれないまますれ違って終わる作品がもっとあってもいいじゃないか!とハッピーエンドオンリーのBL界に憂いを密かに抱く。六青みつみの自己犠牲の受け、真瀬もとの痛さも大好物。