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ゲイの大学院生のアイデンティティの揺らぎを綴る話題作『デッドライン』

2020/03/08 13:00

気鋭の哲学者による芥川賞候補作『デッドライン』を読む


デッドライン 千葉雅也
第41回野間文芸新人賞受賞、そして第162回芥川賞候補作である哲学者・千葉雅也氏による初小説『デッドラン』。ゲイであることを自覚している大学院生の「僕」の日々をビビッドに描いた本作は、Twitterなどでも広く話題になりました。


『デッドライン』概要
もったいない。バカじゃないのか。抱かれればいいのに。いい男に。
修士論文のデッドラインが迫るなか、「動物になること」と「女性になること」の線上で煩悶する大学院生の「僕」。高校以来の親友との夜のドライブ、家族への愛情とわだかまり、東西思想の淵を渡る恩師と若き学徒たる友人たち、そして、闇の中を回遊する魚のような男たちとの行きずりの出会い―。21世紀初めの東京を舞台にかけがえのない日々を描く話題沸騰のデビュー作。第41回野間文芸新人賞受賞、気鋭の哲学者の初小説。


自らもオープンゲイである千葉氏が「ゲイであること、思考すること、生きること」について綴った意欲作である本作。
大学での授業の描写や友人たちとの日々、そしてハッテン場での行きずりの男たちとの刹那的な出会いの場面とが次々と切り替わり、日常と非日常的な空間とのコントラストが印象的でした。


一方、その両者は「僕」にとって切っても切り離せないものであり、「僕」は自身のセクシャリティについても思考し続けます。「僕」は男性として同性との行為に耽りながらも、修士論文に関するテーマでもある「女性になること」と向き合っていくのです。


動物的なノンケの男性に抱かれたいという意味で、自分はすでに潜在的には女性になっているのではないかと考えつつも、その一方で、自分自身もそうした動物的男性になりたいという欲望を抱える「僕」。

僕は僕自身を、単純にそのままの全体で生きることができない。バラしてから操っている。身体も、言葉もそうだ。(千葉雅也『デッドライン』新潮社,2019年,p.103)


この一節を通じ、誰しもがアイデンティティの輪郭のぶれのようなものを抱えながら生きていて、同じ「ゲイ」という言葉の中にも様々な性的指向をもっている多様な人々が含まれているということを筆者は改めて見つめ直しました。


近年では、BL業界でも「BLはファンタジー」という枠を超えてリアリティのある男性同士の関係性を描いた作品が増えてきており、作中で「ゲイ」「LGBT」「セクシャルマイノリティ」といった言葉が使用されるのも珍しくなくなっています。

一般的にもそうした言葉が広く使われるようになってきていますが、その反面、そうした言葉によって個人個人の性的指向が分かりやすくカテゴライズ(またはラベリング)されてしまうという一面も持ち合わせているのではないかと思います。

本作は、そうした言葉の中に内包されている多様さ、そしてそれぞれの個人の中に存在している多様さを見つめ直すきっかけになる1冊ではないでしょうか。

 

担当BLソムリエ:ホシノ

救済BL好きの腐女子。 ちるちる社長から「ホシノさんの好きな作品は一般受けしません」と言われ続けている。

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