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やっぱり“木原節”炸裂の通常運転!木原音瀬、初文芸作『ラブセメタリー』

2017/08/24 12:34

男たちの痛み、苦しみ、葛藤… “スーパー攻め様”の裏の顔とは


人間をこんな風に描けるのは木原音瀬だけなんじゃないだろうか。

そう思わせるという点で、8月25日に発売される木原音瀬先生の一般文芸デビュー単行本ラブセメタリーは、「今回も通常運転」と言えそうです。

この小説はペドフィリアである二人の男を軸にした連作短編集で、表題作『ラブセメタリー』のほか、月刊小説誌『小説すばる』で発表された二話の短編と書き下ろし一話が収録されています。

ペドフィリアと聞いただけで眉を顰める方もいるでしょう。世の中でこれほど悪として名指しされる属性もないかもしれません。
しかし、読めば読むほど善か悪かわからなくなってしまうのです。
その先を読みたくないのに、ページをめくる手が止まらないのです。

『ラブセメタリー』は、まるでオセロのような小説です。

この小説に登場する二人の男をオセロのコマだとするならば、“黒”は間違いなく吐き気を催す小児性愛者としての側面でしょう。
しかし、その反対には誰からもうらやまれ、尊敬される善人としての“白”があります。
善人だと思っていた人が実は幼児に手を出すペドフィリアで、しかしそこには一人の人間としての人生がある……。
あたかもオセロのコマをひっくり返し続けるように、目まぐるしく“白”と“黒”は移り変わっていきます。
この人の本質は果たして“白”なのか? “黒”なのか?

そんな男の一人が、表題作『ラブセメタリー』に登場する久瀬圭祐

30代にしか見えない45歳で、休日には乗馬を嗜み、高層マンションのアイランドキッチンでパスタを麺から作る。
高級車「ジャガー」を新車で買い、高級腕時計と海外ブランドのスーツを身に着け、近付くだけで香水の甘い匂いがする、デパートの外商。
ヘテロの男さえも一瞬戸惑わせるほどに完璧な男の姿は、まさにBLのスーパー攻め様そのものです。名前もどことなくBLっぽいですね。

どこからどう見ても完璧な彼の悩みは「大人の女性を愛せないこと」。

そのせいで追い詰められ、精神科を受診した彼はこう打ちあけました。

「僕の好きな人は、大人でも女性でもないんです」

久瀬が好きなのは幼い男児。しかも、十二歳だった自分の甥です。

彼の懺悔を診察室のカーテンの向こう側で聞いてしまったゲイの薬剤師・町屋は、久瀬への興味を止められない自分に気付きます。
そして偶然にも久瀬と再会した町屋。自分が彼の秘密を知っていると言い出せないまま友達付き合いが深まっていきますが……。

町屋が秘密を握りつつ黙っていたことを知った久瀬が、露わにした紳士的な仮面の下の激情とは。
久瀬に翻弄される町屋と、そうせざるを得ないほど自分の欲望に苦しめられる久瀬にただ身震いするしかありませんでした。

続く『あのおじさんのこと』『僕のライフ』で描かれるのは、『ラブセメタリー』でも登場したもう一人のペドフィリア・森下伸春老人の人生です。

『あのおじさんのこと』では森下の姿が久瀬の甥でもあるライター・篠原伊吹を聞き手に、ホームレス仲間、後輩教師、バーの常連などの目を通して語られます。
一方、『僕のライフ』は死に瀕した森下自身の視点から綴られる人生の回想録。

この二つの物語を通して、絶えずひっくりかえっていたオセロの“白”と“黒”が実は同じ一つのコマだったことに気付き、私たちは戸惑います。

『あのおじさんのこと』では、篠原伊吹は自分の叔父である久瀬との会話を通して……。まさに好奇心は猫をも殺す。

書き下ろし『エピローグ』でも私たち読者が救われることはありません。

後日談として久瀬の母の葬儀の一夜が描かれるこの短編では、何も知らない親戚の中年男・宏一の目から見た久瀬が描かれます。
男として完璧な久瀬をうらやむ宏一。ですが、読者である私たちは、幼い宏一の息子を可愛がる久瀬の姿を見ても宏一と同じようには考えられません。もうオセロの裏側を知ってしまっているのですから。

この小説に描かれているのはひたすらに居心地の悪い現実です。
この居心地の悪さとは、“白”と“黒”が同居している現実です。その人の“白”を知ってる人はもちろん“黒”を知りたくないし、“黒”を知っている人もまた“白”を知りたくない。
私たちは“黒”と“白”が同じ人物に同居している現実に耐えられないのです。

でも、その人の中では、同じ一人の人間としての自分の人生があるだけなのかもしれない

他人から見たらおぞましい現実かもしれません。しかし確かに、そこには自分で決めることができない理不尽な現実に振り回される人間の、むき出しの生がありました。

小説すばる 2015年5月号』に発表された同じシリーズの短編『unknown』は今回収録されていないということから、まだこの物語の続編が読める機会があるかもしれません。
こんなえぐい話はもう二度と読みたくないと思いつつ、また本が出たらきっと読んでしまう木原先生の吸引力は、一般文芸に進出しても健在のようです。

木原音瀬先生の初の一般文芸単行本『ラブセメタリー』は、集英社より8月25日発売です。お買い逃がしなきよう。

記者:みかん

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