新刊の中から、話題になっている作品、私のオススメ作品などをピックアップして紹介します。視点は少々(いや相当?)偏っていることもありますので、ご注意くださいませ?。
今回は、遊廓を舞台にしたシリーズ作品を、2012年3月の新刊を中心にして紹介したいと思います。
■ 橙に仇花は染まる/神奈木智/穂波ゆきね/ルチル文庫 「翠雨楼」で育ち、男花魁として色街で生きている佳雨。馴染みの客である老舗骨董屋「百目鬼堂」の若旦那・久弥に密かに想いを寄せているが、久弥はいつになっても佳雨を抱こうとしない。花魁で、しかも男である自分にはそれ以上は望めないと割り切っていたが、ある日色街で起こった心中事件を切っ掛けに、久弥の事情を知ることに。事件の真相を一緒に追うことになった佳雨だったが…。
そんな出会いから始まる、男花魁・佳雨と骨董屋の若旦那・久弥の恋物語。3月の新刊で5冊目となるこの仇花シリーズは、曰く付きの骨董をめぐる事件を絡め、恋人同士となったふたりの話が書かれています。シリーズ物なので既刊のネタバレになりそうな部分は出来るだけ触れないようにしたいと思います。
BLの遊廓(陰間茶屋ではなくあくまで遊廓)は当然のことながらファンタジーなので設定にもいろいろなパターンがありますが、このシリーズは通常の遊廓に男花魁がまれにいるという設定です。時代設定は示されていませんが、雰囲気的に明治から大正あたりでしょうか?片手で足りるくらいしかいない男花魁はイロモノ扱いされがちですが、佳雨は美しい容姿と独特の雰囲気で花魁としての立場を確立しています。元々美しい容姿はしているけれど、花魁と言っても、髪を結っているわけではないし、意識して女性的にしているわけではない。でも、花魁としての職業意識やプライドはしっかり持っています。ただ不幸な境遇の受をお金持ちの攻が助けに来るという話ではありません。作品にもよりますが、男同士なのだから、肉体的に受攻があっても、精神的には対等であろうとして欲しいと私は思っています。このシリーズでは、遊廓という逆境だからこそそのプライドの部分がクローズアップされていて、佳雨の生き様がとても光っています。そして、強くあろうとする中で弱い部分も当然あり、それを受け止めている久弥の存在も大きい。両思いになったからと言ってハッピーエンドを迎える話ではないのでふたりの関係は気持ちが通じ合ってからが長いですが、存在感のある脇キャラクターたちのエピソードや、事件を追いかける探偵的な要素も盛り込まれているので、テンポよく読めます。
さて、そんなシリーズの最新刊は、今までよりも少し重い内容でした。
恋人である久弥と自由に会えず、多くの客を相手にしなければいけない日々を辛く感じながらも、自分の力で「翠雨楼」を出て行くと心に決めている佳雨。そんな我が侭を理解してくれている久弥を愛している佳雨ですが、ある日、「百目鬼堂」の悪い噂を聞き不安を抱きます。そんな中、「翠雨楼」のもうひとりの男花魁である梓が騒動を起こし、身も心も追い詰められていく。遊廓を逃げだそうとする梓を説得しようと試みるのだが、梓の手元には曰く付きの手鏡があり…。という、梓の事件を軸にした話になっています。
佳雨と久弥は、恋人同士であり、花魁と客という関係にありますが、既にどう関係を続けていくのかお互いに納得しています。それが辛い選択であっても、納得出来る形で幸せになるために耐えている。一方、梓は心を通わせた相手がいますが、会うことは出来ません。今回の事件でこの状況がどんなに苦しいことか目の当たりにすることになった梓とその相手は、心の闇に取り込まれていってしまう。手鏡は、そんな闇の部分を増幅させています。でも、闇に取り込まれてしまったのはふたりが弱いからでは決してありません。BLに遊廓ものの話は多くありますが、華やかな世界の裏にある現実の辛い部分を見る事は滅多にない。このシリーズは身受けされてハッピーエンドという話ではないので、その辛い現実が話の重要な部分になっています。とは言え、佳雨が他の客に酷くされる場面などが詳しく書かれていたわけではないので、実際は目の当たりにしていませんでした。しかし今回、梓の事件は今までと比べたらかなりその意味で踏み込んでいます。直接的な描写は少ないけれど、読んでいて辛い。そして、それまで信頼関係で結ばれていた佳雨と梓の心のすれ違いが、仕方ない状況にあったとは言え切ないです。
事件によって梓も、梓の周囲の人物も傷ついていますが、この後の展開がとてもよかった。佳雨がある人物を「覚悟が足りなかった」と責めていますが、私も同じでした。分かって読んでいたはずの、遊廓モノの裏の部分を分かってなかった。佳雨のひと言ひと言にハッとさせられて、一緒に説教されている気分でした。この場面だけじゃなく、今回はいつも以上に佳雨が格好いいです。
これまでの4作と同様に、1冊のボリュームは少ないですが、読み応えのある話です。ハッとさせられる言葉がいくつもあり、佳雨に益々惚れました。強いだけじゃなく、不安になったり傷ついていたりもしていて、そんな人間味溢れるキャラだからこそ魅力的なのだと思います。そして、久弥の言動に迷いがなくて、このふたりの関係についてはもう心配いらないのだなと安心出来ます。年季が明けるまであと6,7年。人のお金で買われた自由に息苦しさを覚えるよりも、苦しくても自分の力で得た自由で幸せになりたい。そんなプライドを貫き通すには大きい代償と負担ですが、ふたりの生き様を最後まで見届けたい気持ちにさせられました。
今回、ずっと謎だった「百目鬼堂」の秘密が明らかとなりました。ふたりの関係だけでなく、こうした事件や個性的な登場人物たちによって魅力的な作品になっています。ゆっくりでもいいので、じっくり話を進めて欲しいです!
元々遊廓ものが好きな方も、読んだことのない方も、興味を持たれた方は是非シリーズ1作目から手に取ってみてください。