雁須磨子さんの『いちごが好きでもあかならとまれ。』は、私のBL漫画の原点である。
人生花盛りの時を生きる少年達に潜む“影”、即ち渦中を生きる限りまた逃れる術の無い明日への不安を描いた青春BLである。私もリアルタイムで読んではいないのだが、90年代を代表する名作漫画の一つだと思う。読み心地は爽やかでスッキリ、酸味と甘味のバランスも丁度良く、BL初心者向け入門書としても最適で、現に私も此処からこの世界の迷宮に迷い込んだ。
その後、貪るように数多のBL作品に接してきたが、残念なことにこの作品のように若い登場人物達に同調(シンクロ)し、心からのめり込めるような作品は近年稀になってしまった。読み手である私も結構いい歳になってしまったので、そろそろ潮時かもな、と実感してもいた。平喜多ゆやさんの作品に出会ったのは、そんな矢先である。
雁須磨子さんと同系統の素朴な絵柄もさることながら、不器用かつ舌足らずとも言えるモノローグや台詞が、この方の作品の特徴である。それが魅力であり、最大の武器である。登場人物達の洗いざらしの精一杯の言葉が我々読者の胸を打ち、それゆえに作品世界に加担/没頭出来るのだ。日常のささやかな悲喜交々を描いた読み切り短編が多い。登場人物達は比較的年が若く、それゆえに繊細で精神がやや不安定。かといって、日常生活に支障をきたす程ではない。彼らからは、現代の日常を生きるフツーの男子の匂いが感じられる(笑)。
他愛もない物語だからこそ、読者に生きる活力を与え、幸福の断片に通じたかのように錯覚できる作風の典型。即ち、不意打ちに私の弱点をついて来るパターンである。タイムリーなことに、今月下旬に初のコミックス『ねこになりたい』が発売予定。ルチル掲載の、高校生ツインズの連作集の筈。コチラは是非とも皆さんに本編を買って読んでもらうとして、最後は雑誌の「ディアプラス」に掲載された短編作品の萌え/雑感で、このコラムを〆たい。
・ 『泣いちゃえベイビー』(2009年7月号掲載)
年上受けが、新しい旧知のツバメを飼う話。彼の“涙”が鬼の霍乱的に反則である。年上だからと言って、幼なじみの高校生より人生の視界が明るい訳ではない。むしろ、霧は深く足元からして暗い。それでも、年下の君がただ隣にいるだけで、手元だけは何とか明るく二人の心に暖かい火が灯る。そんな、身近な“幸福” を知る話。
・ 『ふつうの願い』(2010年2月号掲載)
一組の同居カップルの犬も食わない痴話喧嘩?二人は夫々が携わっている職種の違いにより、生活時間はすれ違ってばかり。それでも、互いの愛情の名残を通じてささやかな幸せを噛み締める毎日を送っている。疑り深い私でも、こんな二人なら何故か永遠の愛に確信が持てるらしい。ラストに辛抱堪らなくなった攻めが、受けに子供みたいな悪戯を仕掛けてそのままラウンド突入!が、いとをかし。
百聞は一見に如かず。私の御託は兎も角、是非多くのBLファンに読んでもらいたいオススメ新人作家さんである。 (投稿日2010年2月)
紹介者プロフィール:tatsuki元映画ジャンキーで、現ゲームジャンキーで、生涯を通じての活字ジャンキーです。 BL/やおい歴は年の割に浅く、今年で丁度十年目。 好物はへたれ攻め、オレサマ攻め、女王様受け、ツンデレ受け、誘い受けなどなど。 ピリリと辛いスパイスの効いた作品、あるいはゲームっぽい作品を比較的好みます。 まあ、でも基本的に雑食です。