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少年人形?異色の女装作品? 『少年人形』

2010/03/03 00:00

全部、俺が女の子にしてあげる・・・
名門進学校に通う遠山由宇は、多忙な両親に代わり、義理の叔父である瀬名匠によって大切に大切に育てられる。
誰よりも自分を甘やかしてくれる匠を由宇も心から慕っていた。
でも、もう甘えることはできなかった。
なぜなら、自分の中にある背徳と禁忌を知ってしまったから・・・
けれど、由宇の欲望が露になったとき、ふたりの新たな関係が始まり・・・
心と体を支配する、甘く残酷な官能と恋の物語。

崎谷はるひ作品に登場する受けは、年少・小柄・可愛らしい容姿・社会的地位が低いなどの要素を複合的に持つ、比較的庇護欲をそそるタイプが多い。
とはいえそういう外見に反してじつはひどく勝ち気であるとか、努力家であるとか、あるいは物語の進行に伴い何らかの成長を遂げることで、最終的には最初の印象ほど弱々しい立場には収まることは殆どない。
本稿で紹介する『少年人形』(大洋図書)の主人公・遠山由宇は、一見典型的な崎谷作品の受けに見えて、その実非常に特異な存在であり、作品自体も異彩を放つ内容である。

未熟児出身で身体が弱く1年遅れで就学した、19歳の高校3年生である由宇は、長大なこの小説中に一度も「美しい」とは表現されないような、がりがりに痩せた地味な容姿の少年であり、時折過換気発作に見舞われるなど身体だけでなく精神も弱い。
義理の叔父(父の再婚相手の弟)である瀬名匠は30歳になる美丈夫で、幼い頃から兄のように慕ってきた匠に対し、由宇はいつしか恋心を抱き始める。
心も幼い由宇は、当初匠に対する感情を恋であるとは認識していない。
ただ無意識に彼に愛される存在になりたいと、ドラッグストアで口紅を万引きしそうになる、そこから物語は始まる。

「女の子になりたい」
それは男である自分には匠に愛されるチャンスが決して訪れないであろうことを、恋を自覚する前に感じ取った由宇の、深い絶望から発せられた言葉だ。
ところが匠は「自分に任せろ」と徹底的に由宇に「女」を叩き込む。

崎谷はるひの筆は元々非常に具体的であるが、本作の匠が由宇に「女」を「調教」する場面はまさに執拗と言える筆致で描かれる。
選ばれる単語も他作と比較し装飾的で、いつになく仄暗く淫猥な雰囲気が漂っている。
匠はアパレルブランドの営業マネージャー兼トータルコーディネーターという立場で、実は『勘弁してくれ』(フロンティアワークス)にも主人公・高橋慎一の本社の上司としてほんの僅かながら登場するのだが、あまりの作風の違いから、作者からの種明かしがなければこの二作が地続きであることにはなかなか気づけないだろう(ちなみに種明かしは、作者本人サイトの『勘弁してくれ』ドラマCD特設ページの出演者に対するコメント中にある)。

全身の毛を剃り上げられ、顔にエステを施され、化粧し女物の下着と衣服を纏わせられ、ウィッグをかぶせられて鏡の前に立つと、普段の自分とは異なる少女のような顔と、細いとはいえ少女のものとは明らかに異なる男の身体のアンバランスがまざまざと見せつけられ、由宇はさらに絶望する。
追い打ちをかけるように匠に下半身を弄ばれた由宇は、「(表面だけでなく身体の)なにもかもを女の子にしてあげる」と約束される。
由宇に待ち受けていたのは、それと知らずにさせられる、セックスの下準備だった。
しかしここで実は二人の認識に大きな溝があったことが明らかとなる。
由宇はただ匠に愛される手段として女性になりたかった(ほかの手段を知らなかった)のに対し、匠はゲイであることを自覚した由宇が男に抱かれる身体になりたいと思っていることを遠巻きに「女の子になりたい」と表現したのだと思っていたのだ。
男同士でもセックスができることを初めて知った由宇は、「意味を取り違えていた」と調教を終えようとする匠に、好きな相手の名を告げられないまま取り縋り、さらなる調教を求める。
続行されることになった調教は、さらに壮絶なものに変化していく…。

崎谷はるひ作品の登場人物の多くは普通に社会生活を送る学生や社会人であり、学校や仕事に関する記述は彼らの恋愛を描くうえでかなり重要視されている印象を持つ。
ところが本作では調教が一つのテーマであることもあり、由宇と匠の二人きりの関係がクローズアップされ、まさに息の詰まるような閉塞的な雰囲気が、その常よりも装飾的な文体によって表現されている。
また、他の崎谷作品にはあまり見られない「プレイ」としての関係が執拗に描かれているのも特徴だ。
由宇は他作の主人公に比較してとりわけ内向的で卑屈な性格で、もう19歳というのに言葉の裏をまったく読むことのできない、未成熟な存在である。
匠は「そのままの由宇でいいのだ」と何度も語っているのにもかかわらず、女でなければ匠には釣り合わないのだと決め込んで、逆に深みに墜ちていく。
一方の匠もまた、幼少の頃から自分の手で育て上げたかのような由宇を自分の手の内に永遠に閉じ込めておきたいという、非常にゆがんだ感情を持っている。
あとがきで崎谷はるひは「主人公が自身のいびつさを病的に羞じている状態や、そこに至までの過程というものを、不潔感ぎりぎりの描写で書き、なおかつBL ジャンルの枠内崖っぷちには留める。着地点はこれまたお約束である『どんな姿でもきみならば』をラストに持ってきた」と述べており、物語は匠の言い分を由宇は理解し、ただ愛玩される存在となることを受け入れる事で終末を迎える。
しかし本作のキモの一つである「由宇が19歳と少年としてはもうぎりぎりの年齢」という設定を踏まえると、彼らのいびつな蜜月にいつか終わりが来ることが予感され、他の崎谷作品にはありえないような後味が残るのである。

紹介者プロフィール:ぎが
本州のやや北の方に、ひとりでひっそりと生息しています。10代の頃に多少かじりはしたものの、商業BLに本格参入したのは約2年前のこと。ごく当たり前にかわいい系・きれい系の受けが好きだったはずが、あれよあれよという間にオヤジ含め幅広く雑食に。自分の適応能力に驚かされます。

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