木原音瀬の代表作ともいえる2部作の後編です。
前作、「箱の中」だけでも、東京ドーム3杯分ぐらいの涙を流せますが、続編はそれをも上回ります。
堂野崇文は、刑務所で知り合った喜多川圭にばったり再会。もう終わったはずと思っていたのに、六年前とまったく変わらぬ一途な想いに堂野の心は乱れ、連絡先を教えてしまうが、すでに堂野には妻も子供もいて…。
ぁぁあ…やりきれない、やりきれないけど、読まずにはいられない。
『檻の外』は、木原音瀬さんの名作、『箱の中』の続編です。
『箱の中』ももちろん、号泣どころか、涙の洪水が起こりそうな物語で、刑務所を舞台として、親にも誰にも愛されず、感情も育っていなかった喜多川が、冤罪で投獄された堂野に会って、心をひらいていくという話です(あ、思い出しただけでも、ウルッ)。でも結局、堂野は、ホモセクシュアルでもないし、喜多川に中途半端には関われないと思い、お互いがいろいろな意味で思いあいながらも、二人の人生は別れていってしまう、という、どうしようもないけど、やり切れないなぁという切ない作品。悲しい結末だけど、もうこのお話の続きなんか作りようがないと思ったら!! さすが、木原さん、まだまだお話は続くのです。
『箱の中』から『檻の外』に出た喜多川は、なんと、執念で堂野を探し出します。でも、この作品で驚くのは、まずもう堂野は結婚しているというところ。結婚して、子どもも居て、そんなひとを相手に、どうやってボーイズラブが展開していくの!?とびっくりしますが、喜多川はストーカー張りに堂野の近所に住んで、堂野の子どもの穂花ちゃんを慈しみます。
恋人のガールフレンドに意地悪するコメディBLってよくあるけど、愛した男の娘(注:まだ4歳)と、真面目に結婚しようとする話って、すごい。残念ながら娘は、堂野の妻の不倫相手の奥さんによって殺されてしまい、喜多川は誤認逮捕までされてしまいますが、そのことを怒るどころか、娘が殺されたことを心の底から悲しんでいます。娘の死をきっかけに突きつけられた事実で、みんなが自分を憐れむことで忙しいときに、娘の死を本当に悼んでいるのは喜多川だけ。しかも、娘を失ったという悲しみを共有し、「人に愛されたことがない喜多川と一緒に居てやりたい」と堂野が告白すると、逆上した妻は、喜多川を橋の欄干から突き落とします。
喜多川の手首をつかむ堂野を落とすまいと、「最後に一緒にいるのが、あんたでよかった」といって、自分から手を放そうとする喜多川。最後まで誰にも愛されずに、喜多川が死んでいくのかと思うと、切ない。でも、堂野は「僕でいいなら、一緒にいてやる」と思って、一緒に落ちていきます。一度も「愛している」と言わなかったことを後悔しながら。
助かったふたりのやり取りはこうです。
喜多川:「死んだかと思った。…悪いことをしたら(喜多川は殺人で服役)、一緒に死なせてももらえないのかと思った」
堂野:「君が好きだ。君を愛している。だから一緒にいたい」
喜多川:「あんたには子どもができるんだろ(奥さんは不倫相手の子どもを妊娠中)」
堂野:「僕は君がいい。君も子供みたいなものだから、一つしか選べないとしたら、僕は君を選ぶ」
「一つしか選べないとしたら、僕は君を選ぶ」。泣けます…。木原さんの『さようなら、と君は手を振った』も、子どもの前で、男(とのセックス)を選ぶシーンがありましたが、恋愛って本当は、突き詰めれば、子どもを放り出して、相手にのめり込む、自分勝手なものなのかも。家族より、子どもよりも、誰よりも、君を愛している。そして、君は、僕の恋人であり、子どもでもある、って、それって、愛する者すべてっていう意味ですよね。誰にも愛されてこなかった喜多川がそんなことをいってもらえるなんて、よかったね、喜多川。
ここまでだったら、例え本当の父親ではないにしても、妻子を捨てて男に走るだけのお話になってしまかねませんが(それでもいいけど)、後半は、この妻のお腹のなかにいた子どもが、訪ねてくることで、話はさらに進んでいきます。なんとこの息子は、堂野のことを本当のお父さんだと信じているのです。この血のつながらない堂野の子どもを、喜多川が懸命に可愛がる夏休みの日々が、信じられないくらいに、美しいです。
喜多川は、小さな存在にただただ愛情を注いでいく。それは今まで、堂野にたっぷりと愛情をもらったがゆえにできる、無償の愛です。喜多川が堂野に存分に愛され、満たされた証拠であると同時に、喜多川の成熟を示してもいます。愛を知らない子どもが、見返りなく、誰かを愛せるようになるまで、成長していく物語。そして最後は、喜多川が亡くなり、自分の出生の秘密を知って申し訳なく思っていた息子が、堂野のもとに駆けつけてきてくれて終わります。
許されない愛が、死によってのみ成就されるというJUNE的物語を別にすれば、カップルの片割れがただ普通に亡くなっていくBLなんて、あるでしょうか? 木原さんは脱稿して、「喜多川の人生を書ききった…」と安堵したそうですが、喜多川の悲しく、美しく、温かい人生が、わたしたちの胸から離れてくれません。何度も、今回は泣かないようにしようと決心してこの物語を読むのですが、一度も成功しないでいます。
紹介者プロフィール:桃園あかり腐っていることを周囲に隠していないカミングアウト済み貴腐人。しかし流石に、子どもからはBLをどう隠すかが最近の懸念。職業は、意外にまじめなプロフェッサ?。思うより職場のスーツ率が、低くて悲しい。