公衆トイレの片隅に、へその緒をつけたままで捨てられていたリュウは、虐待に耐えかねて孤児院の牧師を虐殺し、逃亡する。親の愛を知らず、あまりにも孤独で、十六年のリュウの人生は暗闇も同然であった。
しかし、逃亡中に出逢った一人の青年が、リュウの運命に光を与える
日本文芸社より刊行されているKAREN文庫Mシリーズです。
初出は「小説イマージュクラブ」ですが、この「イマージュクラブ」とは、耽美小説の始まりである「小説JUNE」が文学性に重きを置いた雑誌であったのに対してやや娯楽色の強い作家(山藍紫姫子氏、花郎藤子氏等)を集めJUNEに対抗するように出版された雑誌です。
ボーイズラブがBLと略称で親しまれてからの読者には、この「耽美」なるものがわかりにくいとおもいますが、大きく括ると思想やイデオロギーよりも、形式美を追求した作品全般をさした物です。
当時のJUNEで発表された作品は、耽美主義といわれていたオスカー・ワイルドやルキノ・ヴィスコンティといった退廃的な香りがする作品や、森茉莉「甘い蜜の部屋」のような甘く美しい文体を引き継いでいたので、「小説JUNE」から生まれた男同士ではかない関係の恋愛小説が「耽美小説」と呼ばれるようになりました。
そしてこのKAREN文庫は、昭和の耽美の香りの特に高い作品をあつめて復刻されており、当時を知る読者は懐かしさから、また耽美作品を知らない世代は物珍しさからこのシリーズを手に取るようになり、評判となっている文庫です。
「海に眠る」の主人公の生いたち生き様は、信じられないほど過酷です。ゴミ箱に捨てられた赤ん坊が成長したものの、施設で性的な虐待を続けられ、生活に耐えきれずに施設職員を殺して逃走しているというお話です。
無計画な逃走だったため、行く先々で窃盗を繰り返し逃亡している主人公リュウ。人を殺すことも奪うことにも何の抵抗のないリュウのまえに現れた青年祐介。
はじめて知った優しさ暖かさに人を信じることを知ったリュウ。祐介の前ではじめて罪を犯した自分をはずかしいと思います。やがて羞恥心から祐介の前から消えようとするリュウ。
ラストの悲しい結末は、昨今の編集部では決して許可されないであろうラストです。しかしBL小説がハッピーエンドばかりであるという現在の傾向はいつかは飽きられてしまうのではないでしょうか。人間の成長や、葛藤、死別といった重いテーマも必要ではないかとKAREN文庫編集部は、BL業界に投げかけているのではないかと思います。
紹介者プロフィール:はる木原音瀬、榎田尤利の小説をこよなく愛するお年頃の主婦。運動不足解消を目指すべく犬の散歩にせっせと歩いているが、考えているのはBLの事。 精神的な痛みが伝わる描写に激しくもだえる“精神的”鬼畜な性格。バッドエンド、死別、カップルになれないまますれ違って終わる作品がもっとあってもいいじゃないか!とハッピーエンドオンリーのBL界に憂いを密かに抱く。六青みつみの自己犠牲の受け、真瀬もとの痛さも大好物。
コメント1
匿名さん
私も、手頃過ぎるハッピーエンドには疑問を抱いています。
私が思うに、同性愛を描く小説の魅力は、「葛藤」にあるんじゃないか、と。
恋愛ではお互いの間をどう埋めるのか。
どういう関係をつくるのか。
これがカギになると思っています。
ところが、最近の恋愛小説では、もはやその壁はないも同然ではないでしょうか。
BLは最後の砦であってほしいのですが・・・・・・。
全ての作品が暗いと、それはそれで悲しくなると思いますが(笑)