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歴史を掘れば萌えに当たる!偉人の同性愛エピソードに萌える

2021/09/01 15:00

胸キュン?号泣?見よ、これが爆エモエピソードだ!



突然ですが言わせてください。歴史は萌えエピソードの宝庫だと。

「○○史」「なんちゃら王何世」などと聞くと頭が痛くなってくる方もいらっしゃるかもしれません(私です)。しかし、過去に何度かギリシャ神話や文豪のエピソードなどで紹介してきたように、歴史には驚きの萌えエピソードがてんこ盛りなんです!

同性の恋人に曲を作ったあの音楽家、若い官吏が初体験の相手だったラスト・エンペラーなど……BLもびっくりなトンデモ&萌えエピソードを人物とともにご紹介! いつかこれらのエピソードがドキュメンタリー映画化する未来を夢見て(?)、妄想しつつお楽しみください♥

 

◆目次◆
1.ヤバすぎる暴君の私生活にポカン顔注意!
・スポルスとの結婚
・ピュタゴラスとの結婚

2.エ、エモ~!! 芸術と愛情のダブルコンボで萌え溺死
・エドワルドとの恋
・最愛の甥・ダヴィドフ

3.後宮とかいうワード…めちゃエチなのでは…?
・宦官とは?
・溥儀の初めては…

4.叶わずとも良い水色の恋心…あれ、目から海水が…
・マント事件の全容
・その裏には…



ヤバすぎる暴君の私生活にポカン顔注意!



まずご紹介するのは、血生臭いしエグいんだが?? 2人の男と結婚した暴君ネロの激ヤバエピソードたち。

ネロは1世紀にローマ帝国の皇帝として君臨し、キリスト教徒を迫害したことで有名な典型的な暴君です。「暴君」という単語を聞くと、「ネロ」というローマの皇帝の名を思い出す方がいらっしゃるのではないでしょうか?

没後2000年が経った今でも暴君と呼ばれるほどには残虐なことをしでかしていたネロですが、その私生活もかなりのぶっ飛び具合。
ちょっと血生臭いエピソードが多いので、苦手な方は飛ばすか、次の偉人に癒されてください……。

母親と近親相姦関係を持ったり、1人目の妻との結婚中に不倫した挙句に不倫相手がでっち上げた嘘に乗せられて妻を殺してしまったりと、女性との関係もひどいものだったのですが、実はネロは生涯で男性と2回も結婚しています。

スポルスとの結婚



1回目は美少年のスポルス
彼はネロの2人目の妻であるポッパエアにそっくりでした。実はこのポッパエア、1人目の妻を陥れた不倫相手だったのですが、夫婦喧嘩のさなかに興奮したネロが身重の腹を蹴り飛ばした(!)ことで死んでしまったのです。

自分で殺しておきながら何を……という感じではありますが、ポッパエアを愛していたのでしょう。去勢してポッパエアと改名したうえでネロと結婚……と、彼女の身代わりとしてスポルスを扱ったのです。ひどい男すぎる。
しかし、野心的なポッパエアと大人しいスポルスという性格の違いからこの関係は長続きしませんでした。

従順な性格のスポルスは別れた後もずっとネロに仕えていましたが、ネロの死後、次の皇帝に公衆の面前で侮辱され、その屈辱から自殺をしてしまったそう……。
なんと悲劇的な……スポルスの心中を思うと胸が痛いですね。

献身的な受けの心を無下にする攻め、ダメ、ゼッタイ!
(クズ攻め好きからすると、ちょっと、いやかなり滾りますが……)

ピュタゴラスとの結婚



そして、2回目は奴隷のピュタゴラスという人物が相手でした。
この時、ネロは花嫁、つまりネコとして結婚したため大顰蹙を買ったそう(奴隷攻め・暴君受けという下剋上……何でもないです)。

今を生きる私たちからしてみれば何が悪いんだという感じですが、古代ローマ時代は同性愛そのものには寛容だったものの、ネコにまわるのは不名誉なことだったそうです。

そんなこんなで各地で反乱がおき(原因はこれだけではありませんが)、四面楚歌になってしまったネロは齢30で自ら命を絶ちました

政治の上では暴君、私生活では自己中DV男的な印象を受けるネロ。
そんな人の名誉を守る必要があるのかどうかが微妙なところですが、ネロも一応良い政策を打ち立てたことがあるので、ネロのヤバさに惹かれた方はぜひ詳しく調べてみて下さいね!


エ、エモ~!! 芸術と愛情のダブルコンボで萌え溺死



続いては、世紀の天才音楽家と男と音楽と……爆エモすぎる芸術と愛のマリアージュをご覧あれ! 恋多きチャイコフスキーの恋のエピソードをご紹介します♥

『くるみ割り人形』など、生きていれば一度は耳にしたことがあるであろう名曲を多く世に送り出してきた、ロシア最大の巨匠・チャイコフスキー。彼が同性愛者であることは有名であるように思います。

チャイコフスキーはとにかく恋多き男で、恋愛体質
生涯を通して様々な恋愛エピソードが転がっており、その全てを紹介しきることは叶わないのでいくつか抜粋して紹介いたします!

エドワルドとの恋



まずは「エドワルド・ザーク」という人物との恋路。
エドワルドの素性はほとんど分かっておらず、チャイコフスキーが音楽院で教鞭を取っていた頃の教え子だったと言われていますが、はっきりとしたことは分かっていません。

しかし、彼らの関係がまさしく熱烈だったことは確かです。
というのも、実はこのエドワルドは19歳を言う若さで自殺してしまうのですが、その悲しみと消えない愛の思い出を昇華させたものが名曲『ピアノ協奏曲第1番ロ短調Op.23』だと言われているから。

また、エドワルドが亡くなったずっと後に、チャイコフスキーが日記で「愛していたのではない、愛しているのだ」と熱烈に愛を語っていることから、どれだけ愛していたのかが分かると思います。

恋多き男の心に深くまれたエドワルドの記憶……一体どれだけ素晴らしいものだったのか、気になりますね!
エドワルドと一緒に音楽を鑑賞したり、議論したりしたんでしょうか? 妄想が止まりません♥

最愛の甥・ダヴィドフ



チャイコフスキーの名曲の裏に、愛した人の存在が隠れている例は他にもいくつかあります。
例えば、チャイコフスキー最後の交響曲である『交響曲第6番「悲愴」』を捧げた相手である甥のダヴィドフ(通称:ボブ)。

当時40代だったチャイコフスキーはまだ少年だったボブに心惹かれていき、ごたついていた私生活での癒しをボブに求めるようになります。
ボブが少年のうちはプラトニックな関係だったそうですが、相当ボブに入れ込んでいたらしく、日記にはボブの名前が頻出していたそうです。

チャイコフスキー自身が自分の中での最高傑作と称する「悲愴」。
もしかしたら、そこにボブへの愛がたくさん詰まっているからこその名曲なのかもしれません。

世界的な巨匠から、その最高傑作を捧げられるのってどんな気分なんでしょうか?
当たり前のようにそんな経験はないので妄想するに留まりますが、めちゃくちゃエモいことだけは分かります……!!

その他にも色々な愛のエピソードや、同性愛者であるがゆえの苦悩、同性愛者であることが絡んでいたのかもしれないチャイコフスキーの死の真相など、調べてみると面白いものがありますので、ぜひ見てみて下さいね!


後宮とかいうワード…めちゃエチなのでは…?



続いてBLファンなら一度は妄想したことがあるのでは? 後宮のヴェールに隠された溥儀のエピソードをご紹介。

中伊英仏米の5ヶ国が合作した映画超大作『ラスト・エンペラー』の題材になったことでも有名な、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀(あいしんかくら・ふぎ)。
溥儀という名前と共に、その顔写真も歴史の教科書で見たな~という方も多いのではないでしょうか?

わずか2歳で清朝の皇帝に即位し、清朝滅亡以降は紫禁城に幽閉されたり、日本の関東軍が建国した満州国で執政として迎えられたりと、激動の時代を過ごした溥儀でしたが、その少年時代の私生活に興味深いエピソードが隠れていました。

中国には去勢された官吏がいた



みなさん、宦官という存在をご存じでしょうか?
宦官とは、去勢された男性で皇帝や後宮に仕える人を指します。中国だけではなく、インドやトルコなどの様々な地域に見られる存在です。

中国における宦官はもともと、罪を犯して「宮刑」(=去勢する刑罰)を受けた男性がなるものでしたが、段々と発言力を強めていったことから、自ら宦官になる人や、子供の将来を思って宦官にする親も出現するようになりました。

皇帝のお世話をする去勢された使用人……なんだかエッチな気がするのは筆者だけでしょうか。

BLではそこまで多くありませんが(筆者が知らないだけかもしれません)、BL以外のジャンルでは宦官が登場する作品が多く見られることから、萌えを見出している方も多いのかもしれませんね!
てことは……皇帝×宦官BLが増える未来、期待しちゃってもいいですか!?

溥儀の初めては…



さて、萌え語りはいったん置いておいて、溥儀に話を戻しましょう。
実は溥儀、初めての性体験のお相手は若い宦官だったのだとか!

とはいえ、後宮というヴェールに包まれたプライベートの空間での出来事ですので、その宦官との関係がどんなものだったのかは詳しいことは分かりませんでした。
溥儀か宦官の一方的な思惑がゆえだったのか、はたまた恋仲だったのか……。

我々に出来ることが妄想しかないのが少し歯がゆいですが、「ヌードより着衣の方がエロい」的な論理で行くと、分からないものを妄想する方が楽しかったり。
空白の歴史を頭の中で補完して、ムフフと楽しむのもまた一興です♥


叶わずとも良い水色の恋心…あれ、目から海水が…



最後にご紹介するのは、透き通るような愛情に息が出来ないんだが~!! 文豪・菊池寛の同級生に対する淡い恋心にまつわるエピソードです!

『恩讐の彼方に』『真珠夫人』などを書いて小説家として名を馳せつつ、文藝春秋社を興して実業家としても名を遺した菊池寛。
幅広く活躍した菊池ですが、両性愛者としても知られています。

ちなみに名前の読み方ですが、本名は「きくちひろし」で、筆名は「きくちかん」。この「きくちかん」は入れ替えると「口きかん」になる遊び心のある読み方になっています!

マント事件の全容



さて、菊池寛と同性愛のエピソードとして最も有名なのは「マント事件」でしょうか。
この事件は菊池が第一高等学校を退学するきっかけになったものです。

この事件に登場するのは菊池寛と「佐野文夫」という菊池の同級生で、佐野はのちに日本共産党の幹部となった人物です。

事件の発端は佐野が女性とのデートに第一高等学校のシンボルであるマントを着ていきたいと思ったこと。
しかし、佐野は困窮から自分のマントを質に入れてしまっていましたために、他人の物を勝手に着ていくことにします。

その2日後、佐野と菊池は金に困ってマントを質に入れることに!
もちろん、佐野のマントは他人のものでしたし、すでに盗難届が出ていたことから、2人は寄宿舎の舎監に呼び出されてしまいます。

しかし、その時はちょうど佐野が不在であり、菊池は自分が盗んだことにしてその場を去ります。
その後に佐野を問いただすと、親に合わす顔が無いと泣き出してしまったことを受け、菊池は自分が佐野の罪を被って退学することを決意します。

えぇん……カッコいいじゃん……好き。
菊池の佐野を庇う行動ももちろん爆萌えですが、個人的萌えポイントは「マントを着て良く思われたい!」という佐野のピュアな感じですかね……♥ アオハルじゃ~ん!(だからといって窃盗はダメですが!)

その裏には…



この爆萌えしちゃうこと間違いなしな事件の裏には、菊池の佐野に対する恋慕があったとされています! やったぜ!
また、菊池は後にこの事件をモデルにして描いた『青木の出京』の中で、その時の自分の心情を主人公に語らせる形で振り返っています。

自分が崇拝する親友を救うことこそ英雄的であると信じ、それに陶酔し、感激していた

菊池寛『青木の出京』より

ちなみに、このあと、菊池が「内密にすること」を条件にこの事件の真相を話した同級生が、約束を破って校長である新渡戸稲造に掛け合ってしまうという事件も起きてしまいます。

これをきっかけに佐野は謹慎を受けることになってしまったため、菊池は同級生をひどく批判しました。
菊池の英雄譚を台無しにされてしまったことに対する怒りがあったことがうかがえますね!

自分を犠牲にして好きな人を守ることそれ自体も、自分の行動にちょっと酔ってしまう感じも、まさしく青春ッ!!!! 好きすぎる~!
他にも、旧制中学時代の恋のお話など、菊池にまつわる素敵なエピソードがありますので、ぜひ調べてみて下さいね♥


*****


ここまで「同性愛と偉人たち」をテーマに、様々なエピソードを紹介してきましたがいかがでしたでしょうか?

淡い恋心に胸がきゅんとなるエピソードから、悲劇的過ぎて目も当てられないものまで、歴史を追っかけていると色々なものに出会えて楽しいので、歴史の勉強を趣味にしてみませんか?

みなさんの好きなエピソードもぜひコメント欄で教えてください!


担当記者:呉莉みよた
クズ攻め・ビッチ受け・共依存が大好きな闇の腐女子。怯える顔と悔しそうな顔が大好物で、見かけるとページ数をメモする習性がある。

コメント2

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桐生操さんの「世界ボーイズラブ大全」で、古代ローマ皇帝ハドリアヌス帝(受け)が、奴隷(攻め)に惚れ込んで、求められて下腹を切開手術して女性器を作った、との逸話に引いたなあ。愛ってすごい。
古代ローマの外科手術の技術は、どんなもんだったんだろう?

匿名1番さん(1/1)

めちゃくちゃオモロいのでこういうのもっと知りたいですw

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